うれしくてたのしい恋が国中でひろがるといいな

のほほんと仲良く暖かくて信頼があり、嘘偽りなくしあわせな愛もいいなあなんて思っております。

ただ『しあわせ』になりたいだけ

ちょうど30歳を迎える前後くらいの年齢で
いつも思っていたことなのですが


『何か欲しいものがあるわけではなく
ただ、しあわせになりたいだけだ』

と。


しあわせの基準。て

「誰もが羨むような」

一般的で普遍的なものなんだ
と思っていた頃でしたので

それはそれは
この問題に
たくさんの苦しみを
体験させて頂きました(´ω`)笑


年齢も、ちょうど
結婚とか、出産とか
そういう

「一般的で普遍的なこと」

を現実的にイヤでも考えるタイミングでもあり



好きな人ができれば、しあわせになれる。

恋愛できれば、しあわせになれる。

彼氏がいれば、しあわせになれる。

が、進むと

結婚すれば、しあわせになれる。

出産すれば、しあわせになれる。 

家族ができれば、、、


というふうに
いわばエンドレスに
「一般的で普遍的」に
いくものなんだろうなあと思うのですが。

(そういう価値観が、いいとか、悪いとか、そういうお話ではありませんので悪しからず)


実は「しあわせ」って
シンプルなもので

自分にとって
何がしあわせなのか。

それさえわかっていれば
しあわせなことだけを
選んでいける。

ということが

「やっとわかった」かんじがしてます。


自分にとって
何がしあわせなのかわかっていない。

しあわせなことを

「選ぶことが出来ない」

んですね。

すると

本当は、欲しくないんだけど
それがしあわせってみんなが言ってたから
選んでみたけど
なんか、しっくりこない。うまくいかない。

みたいなアンバランスが起きるのかなあと。





しあわせ

って感じるものの全ては

物理的な空間において

ほとんどの場合

『意図的に他人からつくられていること』

が多いようなのです。


一般的で普遍的なしあわせに
自分がなかなか馴染めない。

そういうものを選ぶことが出来ない。

なら


そろそろ


自分のしあわせ。を

探してみるタイミングなのかもしれませんね。


ちなみに、私は個人的に

「ただ、しあわせになりたいだけ」

っていう自分のハングリーさが

とても好きです。

シンプルで純粋でわかりやすいので(´ω`)❤


今でも変わらず、持ち続けてる精神でもあります。


でも、ひとつだけ
あの頃とは違うことがあって


「自分の大切な人と、関わる人と
しあわせでありたい」

と思うようになりました。


それも単純な理由でして

みんなしあわせ。
なほうがいいなあと
今は思うからですね。

自分の気持ちいいリズムとテンポでいくといいかんじなんだろうな論

休みの日に休む。
言葉にすると、とても単純なのですが

こりゃ、できそうで
実はできていないな・・・(´・ω・`)

ということに気付きまして。


たぶん、日常生活の中で

「あ、これ、やっておこう」

と、気付いた時に
気づいたタイミングで
ちょいちょいっとすぐできれば
なんの問題もないことなんです。


「ここ、汚れてるな」
➡拭き掃除する

「お醤油が切れたな」
➡お買い物いく


みたいなことですね。

しかし

「あれと、これと、それと
今度の休みにやろう」


って先送りにすると

もう『休みには休めないことが確定』します。

すると

今度の休み。は
もう休みではなくなってしまう
。わけなんですね。

こういう
先にある休みへの予定の入れかた。

が、個人的にはあんまり好きではありません。



でも、きっと、これ

「へーきなひとは、へーき」

なんです。



これも
最近まで気付いてなかったシリーズ
なんですけど


「溜めないほうが性にあってる」

んだなあと思って。


私、溜めると

『強めにストレスも溜まる。。』

ってことに気付きました。笑



これしたい。って時に

やりたいことをやらないでいると後悔する。

それと同じ性質なのかもしれません。

なんというか、言葉にすると

『未来が重たくなるから嫌』

という感じでしょうかね。


待ち遠しいもの。なら話は別なのですけど

今できるのに、やらない。っていうのは

ただの「先送り」なので

ためなくていいものが溜まる。

みたいに感じるのかもしれませんね。






人にはそれぞれ

リズムとテンポ
みたいなものがあって

そこから外れちゃうと

ちょっとした

「不協和音」になるのだろうなあと。



音楽で言えば

「音程がずれてる」

みたいなことで


音程がズレた音楽をずっと聞いてると

気分が悪くなるみたいなことなんだと思います。

その気分の悪さがまさに「ストレス」


ちなみに
溜めて一気にやる。というのは
いけないことじゃないんですよ。

そのほうが性に合ってる方もいらっしゃると思います。

個人的に、ただそれが
「合わないだけ」なんです。


どんなことでも


「これ、今やりたい」


っていうタイミングで
行動できるのが

自分には、いちばんストレスが少ないんだなと

再確認をしました。


なので

「時間的な余裕」は大切だなあと。

それが

「精神的な余裕」をつくるなあと。


そんなことを感じました。


きっと
リズムとテンポとタイミングが
夫婦とか、カップルとかで
ぴったり合ってる。と
いろいろ一緒にやることが
スムーズで気持ちいいでしょうし

バラバラだと、それぞれが
それぞれにあるリズムやテンポを
「楽しむこと」ができて
それぞれに「できること」が
増えたりして気持ちいいのでしょうし


自分のリズムやテンポ

パートナーのリズムやテンポって

わかってるとイライラしないというか

結構、気持ちいいものかもしれませんね(´ω`)

密かな願望のお話

たま~に 

 

「あー、そろそろひとりになりたいわぁ」

 

と思うことがあります。

 

これって、どんなに好きな人がいても

どんなに、大切な人がいても思うことだったりします。

(※あくまでも個人的な意見と感覚です)

 

パートナーと別れたい。とか、関係をやめたい。とか

そういう類のものではなく

 

『物理的に、自分の安心する空間でひとりきりになりたい』

 

という表現が適切なのかもしれません。

 

それは、家族と一緒に住んでいても

ずっとリビングで一緒にいるんじゃなくて

時々は自分の部屋に自分ひとりでいる

そういう「自分だけの空間にいたい」みたいなことなんだと思います。

 

なので、どこかにひとりで外出する。とか

ひとりで旅行に行く。とか

 

っていうのは、私の場合

「なりたいひとりになり方」がちょっと違う。と思ってたのです。

 

そのため

『パートナーが仕事で家にいない時間がある』ことが

今まではベストでした。

 

特に

記事を書いたり、本を読んだり、調べ物をしたりする時は

その傾向が強いかもしれません。

 

見た目はナゼだかアウトドア派に見られがちですが

実は相当なインドア派。

モグラのような性質を持っておりまして

「安心して、ぬくぬくできて、ごろごろできて、自由にできるところ」

が好きです。

 

そして、時々は、その場所を

『自分だけで占領したい・・・』という密かな願望を所持してます。笑

 

この「密かな願望」が出てくるたびに

良くも悪くも、自分以外の人と一緒に生活をする。というのは

(私にとりましては)気を遣うものなんだなぁと改めて思います。

 

それには理由がありまして。

 

家族であろうと、パートナーであろうと

一緒にいる時は

「その人の存在を無視しない」って

結構重要な事だと思ってるんですね。

 

 

相手が、会話したくない。時とか

自分のしていることに集中したい。時とか

疲れてる。時とか

 

理由があるなら、そういう気の遣い方をしたほうがよかったりするので

そっとしておきますけど。

 

自分の機嫌が悪いから、話したくない。とか、そういう「感情的なこと」で

相手を無視するのは、ヘンなこと。だと思ってるんです。

 

なので、一緒にいるときは

相手の存在も尊重してます。

 

 

でも

「自分自身に集中したいとき」とか

「物事の抽象度をあげたいとき」とか

「情報を自分にインプットしてるとき」って

自分ひとりになれる空間。があると

 

私の場合は

いろいろやりやすいようだぞ。

ってことに最近やっと気が付きました。

 

だからって

「ちょっと、情報インプットしたいので数日お出かけしててくれませんか?」

とパートナーにお願いするのは、なんか違うなあと・・・笑

 

 

「あ、なんだ。そうか。

あたしが出かければいいのか」

 

と。笑

 

情報をインプットしたい時こそ、自宅だろう。

安心と信頼と実績の自宅。と思い込んでいて

あえてどこかに行く。って発想がなかったんですけど

 

なんか、こう、

きれいな海の見える空間に、ぷらーっと気が向いたら行って

あえてひとりの時間と空間をつくってみるのも

そろそろいいのかもなあ。

 

なんて思ったりして。

 

自分が気持ちよくしあわせになるための

 

「時間とお金の使い方」といいますか

 

そんなかんじのこと。

 

 

なんなら

沖縄の久高島とか竹富島とか石垣島とか

足をのばしてハワイとか

自分の好きな場所で

新しい情報をインプットできるなんて

とってもいいじゃん。

そういうことしてみたいじゃん。と。

 

そんな密かな願望がまたひとつ増えたことにも

同時に気づいた今日この頃なのでございます。

 

自分がしたいこことか、望んでる事って

こんなきっかけで見つかることもあるのかーと

 

おもしろいもんだなーと

思ったのでございました(・ω・)

 

 

というわけで

あなたの密かな願望はなんですか?

 

意外といいことが見つかるかもしれませんよ❤

自分のバージョンを 「未来」に対応するバージョンにする

そういえば

「何をしてる時がいちばん楽しいですか?」

という質問をよくされた時期がありました。


ぴた。っと
うまいこと当てはまる言葉が浮かばず

なんかちがうなーと思いつつ
何やら適当に答えていましたが

あー、そうか。
もしかしたらこれのことか。と
最近やっと自覚したことがありまして。笑


趣味。と言いますか

興味があること。と言いますか

わりと物心ついた頃から

「なぜ自分は生まれてきて
何のために生きてるのか」

みたいなことを
知りたいとずっと思ってました。


それが、なんという学問なのかわからず

しかし学校では教われず


そのため、自分で求め、探して
探求は、今日もかわらず続いております。


しかし、この回答

あんまりウケはよくないだろうなあと


人によっては
「探求を避けたいテーマ」
な可能性があるんですよね。


だから言わなかったというわけではないのですが

一種のタブー感。。というか


『あんまり言わないほうがいいだろうな』


という感じが自分の中にあったような気がします。


ですので、専ら
水面下で活動してました。笑


そういう事を知れるようなきっかけや
タイミングかも。と感じた時は

『えいっ』

と、いろいろなものを投じて
「なるほど~」と
自分の気がすむまで日夜探求しました。

この探求には
「おしまい」がないので
いくらでも発見があります。

だから

「なぜ自分は生まれてきて
何のために生きてるのか」


ここを探求することに繋がっている
『本物の情報』が
今でもとても好きなのだと思います。


私の場合
今まで知ることが出来なかった
新しい情報を知ることが出来たり

全く理解できなかったことが
ある日、何かのきっかけで
「あ?!」
っと気づいたりすると

「うれしいし楽しいしワクワクする」

感覚があるんです。


随分長いこと、様々な
「シアワセの法則」的な所で登場する

『ワクワク感』というやつが

全くもって一ミリもわからず

大変な苦労をしてきたのですが。。笑


「あ、これのことか」


と、灯台もと暗し。


しかし、、、
何も知らない頃って
恐ろしいほど無防備に

『本気でなにもしらない』し
『本気でなにもわかってない』状態でしたので


とりあえず、出せるところから
めいっぱいアンテナを出しまくり

「それっぽい情報」は

良くも悪くも吸収していたと思います。


で、ふと、いろいろなことを経験
体験させていただいて


結果

『あー、、情報を更新していかなきゃいけないな』

と、思ったんです。

そろそろ
古いまま。で
いいものと、そうでないものを、わけて

要るものと要らないものをわけて

要らないものは捨てなきゃいけないなあと。



情報って、どんどん新しくなっていきますし

容量も必要ですし

整理整頓しておかないと
ごちゃごちゃになるし


スマホが自動的にアップデートしていくみたいに

必要に応じて
バージョンをあげていく
ようなイメージにしていかないとなあと。



自分のバージョンを
これからの「未来」に対応するバージョンにしよう。

と思ったんです。


そんなわけで、最近は自分の中で
『情報アップデート』をしています。




一時期は、パートナーや友人と
こういったことを
共通の話題にしてたりもしましたが

こういう話って
ずっとしてると疲れてしまう人もいて。

(自分が、全く平気だったので
本気で気づかなかったんです。
スイマセン。。。)

あー、そうか。

みんな、そこまで探求したいとは思ってないし
そこまで必要としてないのか。

自分がそうだからって
そこまで他の人は
こういう話が好きなわけではないんだな。


と、気付いてからは


みんな、それぞれに
探求したいことがあるんだよね
ということがやっとわかり。。。(´ω`)


それからは
趣味と言いますか


『自分ひとりで追いかけるテーマ』になってます。


ここに思ったことを書くことで
情報を整理していて
眠ってる間に、自分にアップデートしてる
ようなところが実はあるんだろうなと思います。



結局のところ


自分が本当に知りたいこと。
しか、知ることはないのでしょうし


自分が本当に見たいもの。
が、見えてくるものなのだろうなと思うのです。

だから、
「大切なものは実はずっと目に見えてる」
んだろうなと。


そういうふうに
「気づいてくこと」で
情報がアップデートされていくので
大切なものが、思ってたものと違ってたり
変わっていくことも
たぶんあるんだろうなと思っています。

どうやら

自分が「楽しい。しあわせ。ワクワク」
することって

「知ろうとして、諦めないで探せば」
見つかるし、気づけるものみたいです。


そんなふうにして
未来の自分に情報をアップデートしてみるのも
ありなのかもしれません。

未成熟な部分が狙われるのかもなあと。

ふと、思ったことなので
意味が不明な内容であろうこと
スイマセン(´ω`)



人間の未成熟な部分といいますか

今までの自分自身の育成環境全てを動員しても

関わった誰からも教えてもらうこと
(学ぶこと)が出来ずにきて

「知ることが出来なかった
気づくことが出来なかった部分」

そういう

人間関係でのズレとか誤解とかを起こしやすくする

『自分の不完全な発育部分』

って


恐らく誰にでもあるものだと思うんです。


未婚の状態だと
それが「誰のせい?」と
あえて(あえて、ですので悪しからず)言うなら

恐らく『教育してきた人たち(主に両親)のせい』になってくるのかもしれないなと。


ですから
「教わってきた人たち」
を、客観的に見れれば

「自分の未成熟な部分」

にも、客観的に
気づくチャンスがあるかもしれないなーと
感じたんです。

自分が知らないことは人には
「教えられない」ので


今まで、自分にいろいろなことを
教えてくれた人が
「どんな人なのか」を
自分で客観的に見るのがいちばん早いなあ(´ω`)

と、ふと、思ったんです。


人間関係において

「なるほど。
そこを教えてもらえなかったんですね」

と、感じる事って
個人的に結構ありまして
(あえて指摘はしませんが)

それは、人により感じかたや見えかたが
全く違うものなんだと思うんです。


目には見えなくても
常識、非常識は人の数だけ
幾らでも存在してますし。

だから

「他人が驚くようなこと」

をする人って、どこにでも
いらっしゃるのだと思うのです。





だから

人間の未成熟な部分って、時として

魅力でもあり
個性でもあり

はたまた

狙われる(カモにされる)部分でもあり
騙されやすい部分でもあり

時として、非常識だ!と
たたかれる要因にもなり
弱味にもなり得るのかなと。


そういう部分って
既婚の場合

パートナーの価値観が
「非常識さ」を強めたり、弱めたりする
役割を担ってくることもあるかもなあと。


パートナー同士が相手の
弱点を魅力に変換したり
強すぎる個性をソフトに変換したり


そういう意味での『役割』のことです。



一緒にいる時間の長さや
コミニュケーション具合
家庭内でのパワーバランス

様々な要因で

日を重ねる毎に
「パートナーの価値観や、判断基準のほうが、より大きく、強く、影響力を持つ」可能性って、高くなることがあると思うんです。

だから

強くて個性的で偏ってるパートナーが

パートナーシップの舵を握ると

「どえらいこと」になる可能性も出てくるかなと。


当然のことながら

パートナーが変わったことで
人が変わった。ってことも起きてくると思うんです。



それって、

パートナーの価値観が
自分の価値観と「同化」していることに
気づいてない可能性があって。


正しい、間違い。ではなくて


自分がしたいこと。や
自分の価値観が

パートナーのしたいこと。や
パートナーの価値観と

「もともと似ている」とか
「もともと同じ」なら

何の問題にもならないと思うのですが

未成熟な部分って、ある意味

「水を含まないカラカラのスポンジ」

であり

「真っ白なキャンバス」

みたいな性質を持ってるような気がするんです。


水分が側にきたら
問答無用でカラカラなスポンジは
水をぐんぐん吸っちゃいますし

どこからともなく色の塊や粒が飛んできたら
白いキャンバスには、その色がついちゃいます。

それくらい
未成熟な部分って
無防備で無警戒
みたいなことだと思うんですね。


未成熟な部分って

「自分では絶対見えないところ」

なので。


でも

「他人からは簡単に見えるところ」で

「すぐに見破られるところ」だと思うんです。


ですから


『スッ』



知らないうちに

自分以外の誰かから

水を含ませられてたり

色をつけられてたりしても

気づかないことがある。



自分の望んでること。ではないのに

自分の価値観。ではないのに


他者の都合で

他者の好きな色や
他者にしか合わない水を

知らないうちに

「つけられたり、染み込ませられたりしてる」


可能性があるよ。

ってことなんです。


それを

『自分の水で、自分の色』

って思い込まされてる

可能性があるよ。


ってことなんです。


だから
そのへんって
『用心』しないと。



いくらパートナーであっても

「相手の都合のいい人でいる必要」


って、本来は無いんですけど

そうなっちゃってる人って

少なくなかったりすると思うんです。


じゃあ、未成熟な部分を
どうするか?ってお話に
なると思うんですけど。


「自分で自分を育てていけばいい」


と思うんです。


何を誰から学ぶのか
どんなふうに知るのか

どんな情報を掴むのか
どんな情報を捨てるのか

何を信じるのか
何を信じないのか


自分で選んで
自分で決めることかなあと。




自分の未成熟な部分って

扱うのも、見つけるのも大変です。

だから

見つけることに

トライする人ってかなり少ないです。


でも

これからの時代は

『更に必要になってくる』

んだろうなあと思っています。




本来は、パートナーシップにおいて

パートナーをコントロールする。とか

パートナーを洗脳する。とか

あってはならないこと。だと

個人的には思います。


でも、実際には

かなり、存在してる。と感じるからです。


関係性が「最初からフェアじゃない」んですね。



上下関係とか、差別とかが

パートナーシップに存在してるって

変だなあと思ってます。


そして

自分の未成熟な部分は

他人に利用される可能性があると思ってます。



それは「無知だから起きること」だと思ってます。


だから、無警戒で、無防備で、無知なまま。
ではいられないというか

自分のこと
本当に大切にしないとな。と思ってます。



他人にインプットされた思い込みに
生きるのではなくて


自分で、自分の人生を
パートナーと共に生きようと

平成が幕を閉じるにあたり
改めて痛感した次第なのでした。

パートナーを、たった100円で『残念な人』にしない方法

本日も個人的な価値観での
お話です。

パートナーと二人きりでいる時とか
家族といる時は

「どんな自分」

でも構わないと思うんです。


どんなあまえかたでも
それが、どんな表現だとしても

「許される」と言いますか

『許してもらえる人との関係性』でなら

許してくれる人が

受け入れ続けて、許し続けてくれさえいるなら

「相手に受け入れて解決してもらえる」ので。

誰にも迷惑をかけずに済みますから

どんなにわがままでもいいと思います。 




でも、そのルールが通用するのは
あくまでも、その関係性でだけ。

なんですよね。


しかも、解決しているのは
自分ではなく、他者あってのこと。です。

しかし
そういう単純なことが
『わからないまま大人や親になっている人』って、いるものなんだなあと感じた出来事があったんです。


今は、ごく普通に
いろいろな所で
クーポンとかサービスチケットが溢れています。

あれって
「提供する側の善意」
だと思うんです。

お客様に使ってもらうため。に、本来はお金がかかるものを無料であげたり、ディスカウントしてくれたり。

それが例え、集客のため。であったとしても
結果的に本来は
お金を支払って
「買うべきもの」を
『相手の善意において、無料で頂いてる』のと同じことだと思うんです。


そんな「当たり前のこと」を知らずに
クーポンとかサービスとかチケットとか

ありがたさの欠片もなく
「無料が当たり前」っていう
大の大人の姿を偶然見たからなんですけど。


先日のこと

ある飲食店で
隣に家族連れが座りました。

子どもは、幼い娘さんが二人だったかな。

そのお店は
オーダーの際
サービスチケットを出すと
書いてあるプレゼントの品(100円相当)が
どちらかひとつ貰える。
というサービスをされていたようで。


奥様がオーダーされてたんですけど

オーダーをした際
店員さんが

「申し訳ありませんが、サービスチケットに書いてある内容のうち、ひとつが変更になりました。こちらでしたらご用意できますが」

という事を説明をされていたんです。


すると、それを聞いていた
旦那様と思われる男性が

「ハァー!?💢 俺はコレがいいんだけど!?」


と、店員さんに対し
不機嫌丸出しにしてまして


その男性、年の頃は
三十路の中程。って感じでしたけどね。


結局、奥様らしき方が
100円を現金で支払って
ゴネてる男性の欲しがってるものを


「買ってあげて」ました。



(´ω`)💧。。。

いやはやナンとも、、、、


まさに

「お金で解決」です。笑

(お金で解決するのが悪いとかいいとか、この奥様らしき人のやり方が悪いとかいいとか、そういう話ではありません)


男性は「知らないまま」なんだろうなと
感じました。



よくあるあれかなと


子どもが、泣きわめいたり
騒いだりするのを黙らせるために
親が何かを買い与えたり
おやつを与えたりするのと同じことで

欲しいおもちゃを買わないと
子どもが
泣いたり暴れたり
いじけたり怒ったりすねたり
するのと同じことで


だから、あの男性は
「知らないままなんだろうな」と。



パートナーを、たった100円のために『残念な人』にしない方法って


自分のパートナーに
子どもの前で
100円のモノのために
不機嫌になり
店員に感情をぶつける

のを、容認することではなくて

公衆の面前でワガママを貫かせることでもなくて


パートナーを

ちゃんと「教育すること」なんだなーと。



教えて頂いたような
気がしました。

精神的な監禁状態から抜け出すための処方箋

※この記事は『狂気オーダーのたかしくん(仮)』と『たかしくん(仮)の得意技は「自分の妄想を現実と同化させて、それを人のせいにすること」』の
完結編です。



たかしくん(仮)の呪縛から
解き放たれた彼女に


「精神的な監禁状態にある人が
そこから抜け出すために相談をするなら
どんな人を選んだらいいのか」


質問してみたところ

私と彼女の見解は『ピッタリ』一致しました。


ズバリ

『現実的に、責任を持って
本当に洗脳を解くことが出来る専門家』

です。


彼女いわく
そういう専門家以外には
相談しても、お金をかけても
意味がないと思った方がいいそうです。


何よりもまずは

『洗脳を解くこと』なのです。

最優先は、そこなんです。



そこからでないと

いろいろ意味がないのです(´ω`)💧





先の記事で、挙げた方たちは

まず殆どのケースで
 
『相談者を洗脳してきます』

そこにも理由があります。

リピーターになってもらう必要があるため。です。

それはなぜかといえば

それらを提供する側は

『お金のため』

にしていることが殆どだからです。


精神的な監禁状態にあって

お金を得るために

自分を洗脳しようとする人物を

見分ける事ができる人はほぼいません。


だからこそ、避ける必要があるのだそうです。


ちなみに
彼女は、洗脳について
今でも理解を深めているそうです。


ついでに
私も、そうです。(偶然(´ω`)



自分が本当の意味でしあわせであるためには

『必須条件』といいますか

『理解している必要があること』

だと思ったことが理由です。


そんなわけで、長い記事を最後までお読みいただき、ありがとうございます。


精神的な監禁状態から解放され

本当のあなたを取り戻して

自由に益々しあわせに生きてください。

あなたならできます。